すすきのの繁華街、歓楽街としての歴史と治安事情

歓楽街すすきのの歴史

北海道の歓楽街と言えば、すすきのという地名が真っ先に挙げられることでしょう。実際、新宿の歌舞伎町、福岡の中洲と並んで日本3大歓楽街と呼ばれるほどです。

すすきのという歓楽街の始まりは、北海道の開拓時代から始まります。1871年、現在の南4、5条、西3、4丁目のエリアを遊郭として指定しました。この一帯を薄野遊郭と名付け、周辺にあった売春宿が、移転させられました。遊郭や売春街の形成するにいたった思惑は、北海道を開拓する上で必要な労働力を確保するため、つなぎとめておくためとされます。

しかし、数年後には、芸娼妓解放令が発布されます。これにより売春宿が一掃されたかというと、貸座敷と呼称を変えるなどして、実質的には依然と変わらない業態でした。そして、薄野遊郭の周辺は、歓楽街として発展していくことになったのですが、小学校を始めとする教育施設があるため、薄野遊郭を移転しようという計画が持ち上がりました。

なかなか一掃されない、すすきのの売春宿

こうして1920年に薄野遊郭は、現在の白石区菊水地区に移転し、すすきの地から売春宿が一掃されました。そして、その跡地には、料亭やカフェーが入居してきて、繁栄していきました。戦時中は、そうした活気が失われますが、戦後は再び活況を呈し、表向き飲食店を経営し、実は裏で売春をあっせんするという、政府非公認の青線地帯になっていきました。これも1958年の売春防止法の制定によって、売春行為の一掃になるかと思われましたが、飲食店が露天商に代わり、客引きを行っていました。結局、すすきのから売春行為がなくなったのは、1964年の露天商の強制撤去です。

札幌オリンピックの存在で商業施設、飲食店、そして風俗店が多数出店

その後の1960年代後半になると、札幌オリンピックの開催予定に札幌は好景気に沸くことになります。すすきのは、道路拡張や地下鉄の整備、百貨店の開店など商業地区へと大きく変貌していきました。また、クラブやキャバレー、ディスコといった施設も数多く開店しました。80年代に入ると、出張客を受け入れるためのビジネスホテルが相次いで立てられ、それに合わせて、飲食店、風俗店が開業していきました。こうして北の一大繁華街、歓楽街へと変わっていったのです。しかし、近年の札幌不況は深刻で、飲食店の数は減少傾向にあるそうです。

歓楽街でありながら、すすきのは夜通し歩ける安全な街

すすきの風俗の特徴を一言で表すのは難しいですが、街の治安が良いので、若い女性ばかりで夜通し歩いても、危険な目に遭うことはほとんどありません。遊ぶ側もこの地で働く側にも安心できるのではないのでしょうか。