横浜・曙町の風俗街としての始まりとヘルス街に至るまで

曙町は、神奈川県横浜市中区にある町名です。京急電鉄の黄金町駅と横浜市営地下鉄の伊勢崎長者町駅との間に位置します。どちらの駅も周辺は風俗街として良く知られた存在ですが、中でも曙町は、ほかの地域では類を見ないほどの店舗数を誇るファッションヘルス街になっています。その数は、実に80店舗以上とも言われ、その密集度も合わせて、関東最大と言われています。横浜のヘルス店ということで、通称“ハマヘル”と呼ばれます。また、曙町の町内には、ラブホテル街があり、ホテヘルの事務所、待機所が多数あり、一大風俗街を形成しています。

これら風俗店は、街の中央を貫く国道16号線(鎌倉街道)に併走する裏通りに建ち並び、“親不孝通り”とも呼ばれています。その由来は、放蕩の限りを尽くし、親の死に目にも会えないほどの人がいたためだそうです。なお、この名前は、ヘルス街ができる以前、私娼たちとの買春を指してのことのようです。

曙町の風俗街は、カフェー、赤線から始まった

こんな風俗街“曙町”ですが、その歴史は、戦前までさかのぼります。当時は、周辺にある遊郭の影響を受け、飲食店や女給がホステスのように立ち振る舞う特殊飲食店“カフェー”が建ち並んでいました。カフェーは今で言うバー、クラブのようなものです。この女給たちは、基本的に無給で、お客からのチップを収入源にしていたそうです。戦後は、昭和26年の娼妓取締規則が廃止を受けて、行き場を失った私娼が街にあふれ、赤線地帯(半ば国公認で売春が行われていた地域の通称)となりました。後の昭和33年、売春防止法の制定により、赤線が廃止されますが、当時は、性風俗店が建ち並ぶ風俗街、ファッションヘルス街ではなかったわけです。

風営法の規制対象地域外となったことで曙町ヘルス街が誕生

それが、ある出来事をきっかけに周辺のファッションヘルス店、風俗店が押し寄せることとなりました。その出来事とは、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下、風営法)です。同法では、“住宅地や学校、病院から200メートル以内”の営業を禁止しています。しかし、曙町には、当時あった病院の存在により、風俗店の進出ができずにいました。それが、1992年、規制対象となっていた当該病院が営業を停止したため、風営法の規制対象地域から外れることになったのです。それに目を付けた、周辺の風俗店や地方からの風俗店が、翌年の1993年に、大挙してファッションヘルス店を開業したことにより、今日の関東最大と言われるファッションヘルス街を築き上げることになったのです。